今回は特別版として、先般開催された X-Alps 2023 に出場された江本悠滋さんの参加レポートを掲載します。

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■ 2週間程の下見をしながらスタート地へやってきた
江本悠滋

■ プロフィール
登山家
国際山岳ガイド(UIAGM)
フランス国家資格スキー指導員
フランス国家資格パラグライダーインストラクター

レーススタート1週間ほど前からここでは撮影やマテリアルチェックなどが行われる。僕達は湖の畔のキャンプ場にキャンピングカーを置き、最後の道具のテストなども行いながら時間を過ごした。
場所はキッツビュエル(オーストリア)。
オーストリアにある世界屈指の山岳リゾートはアルペンスキーの世界で育った自分にとってここは憧れの場所でもある。幼少期の夢だったスキー選手としては来ることができなかった夢の場所でもある。
そんな場所が47歳に成る今の自分の夢の舞台”X-ALPS”のスタート地点となった。
今回で開催20周年、10回目を迎えたRedbull X-ALPS。第1回目の2003年は参加者19名、ターンポイント(以下TP)(注1)は2箇所(上空通過あり)のサインボード(注2)無しから始まったが回を重ねる毎にタスクの距離も増え、地上のサインボードの数も増えた。これは必ず下界に降りないといけないので次へ進
む為には必ず山へ登る事から始まることになる。また前回の2021年大会からは地中海のモナコへの象徴的なゴールが無くなりモンブランを起点に引き返すルート設定となった。
タスク(注3)の距離の変化と共に参加者のレベルの向上によりスピードレースと進化したRedbull X-ALPS 。この事により大会のルールも進化し続けている。休憩時間の指定やエアースペース(注4)の厳守。雲中飛行の禁止や雨の中でのフライトの禁止と普通のフライヤーからすれば当たり前の事だが、これも今までの X-ALPSではこれぞ冒険レースと言うことでこのリスクの取り方が大きかったのもこのレースにおいて曖昧だった。しかし、ここにも影響力のある大会と言う観点もあり厳しく成って行く。
今年はここキッツビュエルをスタートし、オーストリア、ドイツ、スイス、フランス、イタリアを周りまたオーストリアへ戻る約1220kmのコースとなった。TPの数は15箇所。その内サインボードは10箇所。そして2箇所は指定された肖像物との自撮り、残りの3箇所はヨーロッパを代表する山がシリンダー(注5)と成った。新しいルールとしてはエアースペース(注5)の厳守、ドイツ国内ではオフィシャルエリア以外からのテイクオフ禁止、夜の9時から翌日朝の6時までの中で最低7時間の休養時間の取得(携帯アプリで管理)、そして今まであったトップのゴールから48時間で大会終了が無くなり、大会期間内でのゴールが認められることに成った。

 
装備一式 厳しい状況を共に乗り越えた

Redbull X-ALPSは2015年の大会から行われている『プロローグ』と呼ばれるワンデイレースから始まる。この大会での上位3名に『ナイトパス』と呼ばれる夜の強制休憩時間を無視して活動できるパスが与えられ、このレースでの時間差は大会2日目の朝のスタート時間に反映される。
ナイトパスや翌日のスタート時間への影響はあるものの、正直このプロローグは本大会とは余り関係ない。スポンサーの街へのプロモーションと言うのが正しいだろう。とは言え、ここで上位に入る選手が大会序盤で注目される事もありルーキーの若い選手の多くはここで一旗あげたい感もある。
プロローグは天候の影響から100kmのタスクが60kmのコースに変更され、スタート直前には40kmに短縮される話も出たが結果60Km のタスクでスタートした。自分は最後のゴールへのファイナルグライドのタイミングが悪く、周りの3選手と共にゴール3km手前で降りてしまいトップと40分差でゴールした。
そしてこのプロローグから2日間の休養を挟み本レースがスタートする。

 

■ レース当日
最後に当日の天気予報を気象学者(フランス)のダビッドと電話を繋いでチームで共有する。メンバーとはスタート前からの動きを想定しながら配置を考える。今回はワーゲンのバンタイプのキャンピングカーを2台、サポートメンバー5名で大会に挑むチーム構成。これだけの長いレースの経験も無いので何がどう必要かは想像による対策でしかなかった。
セオリーでは誰が自分と山を登り、誰が上で待機し、どの車がどこへ目指して進んで行くか一通り考える。だが、飛び立ってからどこに飛んで行き、どこに歩くかも全て想像でしかなく、実際にレースが始まらないと他の選手の動向や戦略もチームの動きも見えては来ない。
自分の課題はいかに怪我や身体の不具合を出さずに歩き続け、良い飛びをするか、そしてどんな時も気持ちで負けないモチベーションを維持する事に徹すると決めていた。レース中はチームのメンバーと自分は全く違う動きをするが同じ目標を持って全員が最善の動きを想定しないといけない。想像のレースでもある。天気の移り変わりや他の選手の動きを把握しながら戦術を組む。この部分がX-ALPSの完走にとって大きなポイントでもあると思っている。この戦術を組む1つ目の鍵となったのは一緒にハイク&フライの大会に多く参加しているシャモニーの若い友人のレミー。彼自身もこの大会に参加する事を夢見る選手でもある。もう一つの鍵は大会期間中に如何に体が疲労のリカバリーをできるかである。1日17時間を2週間近く行う為には自分の体自身の回復力を引き出す事が大切だった。その為に日本から料理人の引地さんが日本人の体にあった栄養バランスを考えて毎日の献立から考えてくれた。
そして3つ目の鍵は身体を痛みとの戦いにしないための身体のケアであった。自分の最初の前十字靭帯の再建手術から身体のケアをしてくれている理学療法士の近藤さんも日本からわざわざ渡航して同行してもらった。彼ら以外にはX-ピレネーに来てくれたクロエ。そして、昨年までのフランスのパラグライダーの指導検定を一緒に受けていた同じ歳のベン。まさに日本とフランス、インとアウトの自分らしいチームで挑む。
映像で観た事のある街の真ん中に設置された大きな青いRedbullのアーチ。そこに、最先端のパラグライダーを背負った目が鋭い青い服を着た選手達。この見たことのある光景の中に自分が立っている事が夢の中にいるかのようだった。大会の雰囲気に呑まれないよう、あえて最前列にスタート位置を確保した。青いアーチの下にいる自分の目からは、道路の両サイドに設置されたバリケード、その両側には大勢の観客の姿、正面には多くのカメラマンの姿が見えていた。DJの解説、音楽、そして観客の声援と歓声で気持ちが高まっていく。

 

■ カウントダウンでいよいよスタート
レースモードになる前にスタート後にキッツビュエルの街をジョギングのペースで1周走るよう指示が出た。皆それぞれに映像を取りながらこの時間を楽しむかのように走り出した。周回が終わり山に上がりだすといよいよレースはスタートしていった。プロローグほどのハイスピードでは無いが最初のTP1であるキッツビュエルのスキー場トップのテイクオフへ900m上がる。
TP1手前で自国の国旗を渡される。それを持ってTP1へ上がり指定の位置に旗を差し込む。そして最初のサインボードにサインをする。予定通り20位程度で着く。水を飲み、着替えを終えると直ぐに飛び立った。予想より天気は良くもしかすると結構飛べる1日に成りそうな雰囲気だった。曇った空を懸念して誰も前に出ようとしないスロースタートと成った。X-ALPSの選手30人でのガーグル(注6)もここだけの景色だろう。自分は序盤は上手く進めていたがチロル州からザルツブルク州に入るポイントで低い尾根の上の強い向かい風の中上手くサーマルを捉えきれない。森の中にランディングしないように少しずつ前に出すが上手くあげ切った選手とワンテンポ待って次のタイミングで上げられた選手の間に成ってしまう。仕方なく前の尾根を狙う。前の尾根で上げる事に成功し同じ尾根のかなり高い所を飛ぶ10分ほど前の集団を追うように飛ぶが気持ちの焦りか上手く飛べない。
ゴールのあるシェラムゼの谷を渡った所で尾根伝いに進むが上手く峠を越えられず北へ進路を取るしかなくなってしまう。少しもがくが諦めて山の中腹に降り登り返す。こんなレースの序盤でグループから離れてしまった。グループで飛ぶ事が圧倒的に有利なパラグライダーで1人飛びはかなり厳しい。何より山域の北側に居る自分はこの後何度ものショートフライトとハイクを続けて前に進むしかない耐える初日となった。何とか夜にはTP2のワーグラインに辿り着く事ができた。大会を振り返ると初日の早い段階でグループから離れてしまったここが一番大きな失敗だった。

 
レース初日、キッツピュエルのスキー場からテイクオフ
ゴールまでさまざまな困難が待っていた

 

■ 2日目はプロローグでの時間差も関与されてのスタートとなる
僕達の作戦1は何年か前にココネアが使ったテイクオフがTP2から3時間ほどの場所にある。そこから彼は良い飛びをしてホーホケーニ山へたどりついた。しかし、その目指すホーホケーニ山へは大きな谷渡りもありテイクオフまで3時間で着くが、コンディションを待つのに2時間無駄にしてしまう可能性もある。当然、谷渡りを失敗するリスクも考えると、倍の距離と倍の時間を歩くがフランス代表のロリとスペイン代表のジョルディを追いかけるようにホーホケーニ山の麓まで足で進む選択をした。前方を見ると、トップのグループは15人位で構成されいいペースで飛べている。一方後続の僕達はバラバラに成り、飛びも戦術も先頭より下手なる。そしてこの戦略のバラつきがミスをしやすくするからそこを十分に注意しなくてはいけなかった。初日のミスの原因でもある順位を気にしすぎないように飛ぶ事を心がける。
朝、25km歩いてテイクオフに来ると、自分が選ばなっかたココネアのテイクオフから飛び立ったスロベニアのオブラックが空から追い抜いて行く。彼は2日目のスタートも遅く彼のタイミングではあの場所が正解だった。山頂は雲に隠れ雲底が少しずつ上がるのを確認しながら準備を進め、この少しだけ遅れたタイミングの方がコンディションが良いと自分に言い聞かせTP3のドイツ、チェンテールを目指す。良い飛びができた。上手く風も読めるしどこに行けば上がる、どこへ行くと罠がありそうかと感覚が良い。こう言う日があるのがレース。どんどん前に進め、TP3へはかなりの高い位置からファイナルグライドするが強風でTP3の数百メートル手前に降りてしまう。スペインのジョルディも少し後に同じ場所にランディングした。TP3はスタート以外では日中に通過した初めてのTPだった。多くの観客に迎えられ華やかだっだ。TP3から近くへのテイクオフには事前に下見にも来ていた。地元のパイロットで今回のレースに参加しているドイツの2人と偶然ここで一緒に飛んだ。彼らからも地元ならではのアドバイスももらっていた。なのでその場所の空気感は感じていた。だが時間は午後3時を回っていた。サーマル時間も残り数時間だが何よりバレーウィンドウが強く成っている。風上を維持する為に自由にテイクオフができないめんどくさいドイツ側を飛ぶ事を強いられる。そして後半は国境が近いからか携帯電話の不調もあり地図などのアプリが一切使えなく成るハプニングもあり予定していた尾根の1つ北側を進んでいた。ウェルヒェン湖の辺りまで進むが次のテイクオフまでは40kmある。

 
TP3のCHIEMGAU ACHENTALにて

 

 

■ 3日目の朝、早くドイツから出たい
自由にテイクオフできるオーストリアへ向けての長いロードからスタートした。当日の行動終了はその場その場で決めていた。 行動可能な時間制限(21時から23時の間)と今の自分とサポートカーがいる場所、そこから計算して最大で進める場所で車を停めてキャンプができる場所を探して決めていた。GPSでサポートチームもどれくらいで到着するかを把握してくれるので合流するとテントの設置も終わり、自分はザックを下ろし携帯アプリをレストモードに変更すると仮設シャワールームでシャワーを浴び、そのままテントで近藤さんのケアを受け、引地さんが作ってくれる美味しい夕食を食べながら翌日の戦略会議をレミーとする。こんなしたい事をやらせてもらえる夢のような日々を送っていました。


40kmのロードを行き、オーストリアへ入る。ウェッターシュタインの南側から飛び立ちTP4のレルモスを目指す。TP2もTP3もTPに直接ランディングを当初はイメージしていたのだが直接TPに降りられたのはこのTP4のレルモスが初めてだった。
スキー場のボトムにある小さな丘状のランディングのサインボードにサインをすると裏の斜面を15分程登り再度飛び立つ。標高差80m程の高度差しかないが上手く当てるとコンバージェンスに入りあっという間に上がっていく。ここから次へは比較的簡単なのだがそう簡単には行かない。目の前には雨のカーテンが突然現れた。進んでいるうちに雨は止むと判断し前に進み続けるが雨がどんどん強くなりこの進路で飛び続ける事は不可能となる。慌てて谷を渡るが、谷風に押しつぶされる。尾根の風上に出ることができない。惜しくもランディングしてしまう。いまこの飛べるはずの時間や谷風に乗ってスピードが上げられる時間帯に空に居ないのは良くない。諦めて、風上に出られなかった目の前の山を1000m程登る。そしてテイクオフできそうな場所に到着した頃にはバレーウィンドウもおさまってしまっているしサーマルも切れしてしまっている。毎日、最後の最後まで粘っては前に進んでいく。この日は翌日のテイクオフできる場所の麓にランディングしたのでそこで1日を終える。実はこの3日目の夜は後方の選手達には大きな意味がある。翌日朝7時の時点での最下位の選手が失格になるのだ。この日から2日毎に1人、最下位の選手は失格と成ってしまう。なので大会終了までを逆算するとトータルで5名の選手はこのルールによって失格となる。

 

■ 4日目の朝
最下位のチェコのブロハースカが最初の失格者と成った。登山道への入り口で寝た自分は短めの距離の1000mのハイクからスタートする。以前マウラーが使った事のあるテイクオフを目指すが、さらに200m程登って確実にサーマルを狙える安全策をとった。目指すは最初の山のシリンダーであるピーツ・ブイン(TP5)。氷河帯の山に進んで行くがこう言う氷や岩の景色の方が自分は好きだ。そう言う時は飛びもダイナミックになれるし、正確に判断できることが多いと改めて感じた。前方を行くオーストリアのエリとアメリカのローガンと合流しフィッシュ(TP6)へ飛んで来る事ができた。この日の飛びも満足だし順位も21位まで巻き返した。
フィッシュは以前スイス選手権の為に来ていたので空の感覚もあるしテイクオフへの道も登ったこともある。そして、キャンプ場も知っているから気持ちがもの凄く楽だった。それだけ、実際に飛ぶ山を知らなくても寝る場所や歩く場所、テイクオフからのイメージまでができている事でもの凄く精神的には楽だと言う事を感じた。この夜はキャンプ場のキャンプサイトで暖かいシャワーをたらふく浴び、コンセントから電源も取れるし、レストランでピザを注文しピザパーティーと多少は快適な夜をチーム皆んなも過ごせた。

 

■ 5日目の朝はサーマルタイムを目指して上がれば良いので
少しゆっくり出発した。テイクオフでエリとローガンと合流、3人で飛び立った。 思いの外サーマルトップが弱く低い。少し高い位置を取れてるが2人は低い。このままローヌの谷を彼らと進むのもありだが少しでも高くを飛びたいと思い自分は北側へと進路を変えビーチェホルンを目指した。しかし風の裏側に居る自分はこの3100mの稜線が越えられないので稜線手前の氷河にランディングして徒歩で稜線を越えて反対側へと飛び立った。後は2700mのロッチェンの峠さえ越えられれば次のターンポイントのフルティゲンは目の前だ。だがこの峠へ向かう途中のエアースペースをまさかの違反。ギリギリのラインを入ってしまった。(自分も全く気がついていない)この事で2日後に12時間のペナルティーを受けることに成ってしまった。
TP7のあるフルティゲンはマウラーの地元で今回のスイス代表の3人がベースにしている場所でもある。次のTP8はニーゼンの山頂。町外れのからエアースペースギリギリの通称パトリックの庭(前に20m左右100m程)のテイクオフから山頂を目指した。残念ながら山の中腹に降りる事に成ってしまったが最後は歩いてニーゼンのピークへ上がりサインボードにサインをした。次はいよいよ自分のよく知ってるフランスへ向けて飛び立った。目指す今夜の目標はシャモニーだ。しかし、シャモニーまでは届かず、歩いてシャモニー谷の入り口、バロウシンまで辿り着く。この日も夜の11時の制限時間ギリギリまで行動した。すると、フランスで寿司職人をしている友人が僕の大好きなサーモン握りを大量に差し入れしてくれた。大会中だからと炙ってくれた。これがまたうまい!

 

■ 6日目の朝、今日も最下位の1人が失格となる
今回はフランス代表のロリンだ。X-ALPSは2回目の参加だし、飛ぶ能力も高い選手だけど上手く行かないとこうして簡単に最下位に成ってしまう。精神的にも追い込まれるのがこのX-ALPSなのだろう。
飛び慣れたシャモニーからスタートしてモンブランを北側から回り込むTP9に続いてイタリア側へ回り込みプチセントバーナード峠(TP10)へと続く。順調に進む。ここからはヨーロッパアルプスの南側、イタリアへ入って行く。強いサーマルと強い風が予想される。目指すはモンテローザ(TP11)。標高3200mまでは近づかないとここのシリンダーには入れない。サーマルトップ4700m以上のコンディションの中、雲の下をフルアクセルで進む。なぜならモンテローザの山頂は雲に隠れ、北側から天気が崩れようとしていたからだ。近づくにつれ明らかに山の反対側は雪が降っている。自分の周りにも雪が舞い始める頃になんとかシリンダーに入った。そこからは地形を下がりながら北イタリアのピエモンを目指す。サーマルが無くなると同時にランディング。そしていつものように夜まで歩く。ドルオーニョの郊外まで辿り着くことができた。
そしてこの時に大会運営側から正式にペナルティー12時間が告げられた。
翌日4時から12時間。16時までこの場所からは動くことができない。ペナルティーを受けた時はまだ残りの日数もあるし、飛びの調子も膝の調子も良かったのでこの悪くないペースでここまで来ているからゴールが出来なくなるんじゃないかと言う感覚はあまり無く皆んなでのんびりと時間を過ごした。上空を飛んでいく選手達を見上げていた。先頭集団は既にビアフェラータの手前まで進んでいたのでコンディションの良い予報もあり、翌日の7日目にはトップのゴールが予想された。ナイトパスはトップがゴールしてから24時間までしかしか使用できないルールなのでペナルティー明けの7日目の夕方はナイトパスを使う最後のチャンスであった。

 

■ 7日目16時トップのマウラーは
この日の内にゴールするのが確実となった。自分はこのペナルティーによってこの日はサーマルタイムに飛ぶことは無理な時間なので翌日のお昼に良い場所から飛べるようひたすら歩く(走る)作戦を立てた。ナイトパスも使っているのだが3時間は足を止める事にして60km以上ロードを走った。前を行くカナダのジェームスとアメリカのローガンから離れないようにできるだけ距離を詰めたい。なんとかこの2人と一緒に同じ場所から飛ぶのだがどうしたことかコモ湖を渡ったところで自分だけ降りてしまう。飛べる場所へ上がり直すにはここから標高差2000mあった。この大会中で初めて気持ちが折れそうに成った。この時に初めてもしかするとゴールすらできないのではと考えてしまった。

 

■ 8日目、明らかに天気が変わりだしていた
最下位の中国のソン選手が3人目の失格となった。そしてスロベニアのオブラック選手は違反行為の連続で失格になったと言う連絡もあった。
天候は今までの上空は北風ベースだが無風の良いコンディションから一転。南風に変わり、低い雲底と湿った空気、上空には強い風。と明らかにこれからは難しくなることが想像できた。この8日目の夜までにトップ集団に続いてセカンドグループまでの18選手が既にゴールをした。前日一緒にいた選手は既にドロミテ最初のTPであるチマ・トサ(TP12)へ到着し自分とは80kmもの差がついてしまっていた。

 

■ 9日目の朝
低い雲底だがコンバージェンスラインを上手く使いながら前に進む。苦しいながらもなんとか飛んでTP12 のチマ・トサの小屋にランディング。小屋を入れてのセルフィーを撮りまたテイクオフ。峠手前に降り、足で峠を越した雪の上の斜面からテイクオフをした。モウヴェーノの湖を渡りスキー場を越えたいが谷風が山裏にまで入って来ていて反対側へ行けない。一度度だけ下ろせるチャンスがあったがそれを失い、スキー場の麓にランディングしてしまった。そこからは罰ゲームのように1000m弱を登り返して夕方最後に風が落ちることを期待した。しかし、この日夜までに風が治ることはなかった。歩いての下山は諦め、翌日の早朝のチャンスを狙ってこの場所で寝ることにした。 アシスタントのレミーとクロエがテントや食料を持って上がって来てくれた。

 

■ 10日目の朝、この日も
最下位のニュージーランドのキンガが失格となった。テントの中で目を覚まし外を見てもガスは濃いし風は強い。フライトが許される朝の6時を待つ。一向におさまる気配がない。足で降り始める事にするが30分ほど降った所から飛べる場所を見つけた。40°以上ある急斜面から飛び立った。フライトダウン。そしてまた長いロードを歩く。そして登り、飛ぶ。ドロミテの中心を目指して飛ぶが気持ちの焦りと疲労から自分でもどこへ進まないといけないかも良くわからなくなっていた。だからミスも増えた。携帯の調子も悪くなる。地図が開かなくなる。全てが上手く行かなくなる。ここからはゴールへ行くにはもうミスは許されないのだがミスを繰り返す。ミスをする事に2から3時間の時間を失い、体力も失ってしまいます。それでもチームの皆に心の背中を押されながら前へ前へと進んでいくことだけに集中していた。

 

■ 11日目、なんとかTP13のビアフェラータまで辿り着く
何を考えてどう飛んでいたかの記憶が余り残っていない。だがある意味事前にここドロミテの下見が全くできていなかったこともここでの全く上手く行かないことの原因ではある。ビアフェラータの3ザイネンを登り、下山するとまた直ぐに飛び立つ。目指すはすぐ麓のTP14のセクステン。TPを通過しそのまま夜まで歩いて前へ進む。

 
ピアフェラータの山頂でRedbullメディアチームと

 

■ 12日目の朝
この日も最下位のオーストラリアのリッチが失格となった。これで今回の失格者は出揃い、後は翌日のお昼までの制限時間内にゴールができるかが鍵となった。ゴールまで直線距離で74km。通常の飛べるコンディションなら全く問題ない距離だがこの天気が変わってしまった今ではこの距離はかなり遠く感じていた。最短距離の山の中からのルートは前日にカナダのジェームスが全然飛べないで進めていなかった事もあるし、さらに上空の風が強い予報からルートを一旦東へ思いっきり向けてひたすら歩き午後のサーマルタイムに一気に進める作戦を僕たちはとった。2日前にオーストリアのエリがテイクオフした場所から飛び立つがしばらくすると雷雨に捕まってしまう。山の中腹にある小さな小屋の横に降りると雨雲がずれるのをまった。1時間ほど様子を見るが自分もゴールするにはもうこうしている時間が1分たりとも無かった。太陽も低くなりつつあるし周りにも大きな雷雲も発達していた。ここでもテイクオフ禁止ゾーンがあるので少し歩いてゾーンを避けて飛び立つ。谷風を上手く使うしかないのは分かっているが3000m前後の稜線を越えなければゴールへ導く谷へは行くことができない。無駄なくできる限り進み谷奥の標高2000m程の所に18時30分にランディングした。飛びながら地図アプリで確認した稜線は2700m。標高差700mの距離は5km弱、21時までにはランディングしていないといけないルールなので遅くても20時30分にはテイクオフできていないといけなかった。この時間のプレッシャーの他にも後ろから近づいてくるドス黒い雨雲。この雨にやられるか飛ぶ前にタイムリミットを迎えてしまうか、または裏に飛ぶことができてゴールを決定させられるかだった。チームのメンバーとも携帯でも無線機でも連絡が取れない。だが今はゴールだけを信じて進みたい。反対側へ行く事だけを考えた。30分も歩くと足元には雪があらわれ雪の斜面を運動靴にショートパンツ姿で登っている。シャツは汗でずぶ濡れで、風があると寒くも感じる。ザックの中にはテントより立派なパラグライダーやダウンジュケットはあるとはいえ雨雲とかけっこするように登っていく自分を客観的に見ると「ここで雨雲に捕まったらどうなっちゃうんだろう。仮に飛べないから完走を諦めるとしてもこの3000m近くの稜線で雨の中停滞はできるのか?それとも足でなら降りられるぐらいの雨で済むのだろうか・・・」考えながら進んでいた。だがしばらくすると地図に無い避難小屋を見つけた。最悪あそこに逃げ込もう。19時50分。稜線に着く。岩だらけの稜線から少し下がると雪渓がある。そこまで道もないガレ場を慎重に下がっていく。雪と岩の間にできた雪の割れ目の上にグライダーを引っ掛けるようにして広げた。風は無くきっと横の稜線の裏でローターに成っている事も予想できた。そうしているうちに雨雲も稜線を越えようとしていた。ポツポツと小粒の雨を感じだした。今しかない。フロントでテイクオフ(注7)する。グライダーも上手く立ち上がった。さあ最後のゴールを可能にするグライドだ!ローターを避けるように地形によったり離れたりしながら飛ぶがやはり風は怪しい。怪しいと分かっているから何が起きても対応できる自信もあった。その後2回グライダーが頭上から姿を消した。しばらくして怪しい空域を抜けると追い風を背負ってゴールへ向かう谷へ向けて飛ぶ。周りは薄暗く怪しい空だが自分の周りだけは雨も降っていない。途中、怪しい上昇帯もいくつもあるがそれらは拾わず上げないように、低くなりすぎないようにゴール前のエアースペースギリギリまで飛んでこられた。ランディングタイムも20時30分。地面に足が着いたと同時に翌日のゴールが確信にと変わり色々な感情が浮かび上がる。ゴールフロートの浮いた湖へフライトダウンする前のTP15へは残り14kmの登り1350m。最終日の11時30分がレース終了だから残された時間は7時間30分。何があってもゴールできる。その日の21時には行動を終了した。チーム全員が完走を確信した夜でもあり笑顔が絶えない夜だった。

 

■ 最終日、朝4時。土砂降りの雨の中スタートする
この日もレミーが彼も自分のグライダーを持って一緒に歩くと言う。カッパを着て、傘もさして歩きだした。雨の中を歩くのは好きではないがこの時はなぜかX-ALPSらしいレース後半を思い出しながら歩くのが楽しかった。明るくなると雨も止んだ。のんびりレミーと色々な話をしていた事は覚えているが何を話していたかは全く記憶にない。TP15のシュミッテンが見えてくる。Redbullの旗にスポンサーの車など遠くからよく見えた。そして、大会運営サイドのジープに乗せてもらってチームメンバー全員が出迎えてくれた。雨で湿った最後のサインボードは拭かないとサインができないほどだったが最後のサインをした時にここまで一緒に戦ってくれたチームメンバー全員と抱き合い喜びあった時は目頭が熱く成った。

 
長いロードもチームのサポートで歩き通せた

  本当にチームの皆が僕をここまで連れて来てくれた。毎日7時間のレスト時間の自分はその中でも4-5時間は睡眠に割り当てる事ができた。しかし他のメンバーは僕が起きる前から準備も始め、僕が寝落ちてからも翌日の準備をしてくれた。長いロード歩きも皆んなが交代しながら一緒に歩いてもくれた。実はレーススタート早々、チームのアシスタント同士で上手く行かなく成った。その為、オフィシャルアシスタントとして登録しているベンにはシャモニーでチームを離れてもらった。しかし、代わりにシャモニーのあずみちゃんが急遽参加してくれた。今回の僕の挑戦の為にクラウドファンディングを通じて応援してくださった多くの方々、そんなみんなの気持ちに少しは恩返しできたんじゃないかと嬉しかった。そして雨の降るなかライフジャケットを青いX-ALPSのビブの下に着て、電気機器は防水バックに入れて飛び立った。静かな空だった。時折吹く怪しい風でグライダーが動くが余り気にもならない。朝の湖面は波も無い、まだ人も出て来ていない静かなザラムシーの街を上から眺め、そして周りの雨のカーテンを見ながら、湖に浮いた青いフロートを見つめた。ものすごく小さく見えた。13日間かけてこの青いちっぽけなフロートを目指して進んで来たんだと何か不思議な感覚と憧れたこの舞台でゴールする事ができる事が何か現実離れしていた。

 
TEAM JAPAN EMOTO

 

■ 僕の1つの大きな目標が叶った
パラグライダーを始めた時に目標にしたRedbull X-ALPSへの日本代表としての出場。この目標を超える完走までできた。本当にこのスポーツに出会えた事、そしてこうして応援してもらえることへ感謝しかありません。応援ありがとうございます!

 
小さく見えたフロートに、ついにゴール!

 


(注1) ターンポイント(TP):飛行コースの途中で経由しなけらばならない通過地点上空及び地上
(注2) サインボード:地上に設置されたターンポイントに置かれた参加選手リスト掲示板、到達した選手は自分の氏名にサインをしなければばらない
(注3) タスク:レースのために設定された飛行コース、ターンポイントとその順序、合計直線距離
(注4) エアースペース:レース中の飛行可能空域
(注5) シリンダー:ターンポイントとして指定された山を中心にした円筒状の空域
(注6) ガーグル:選手達が集団で同じ上昇気流の中を同方向に旋回しながら跳び続ける状態
(注7) フロントでテイクオフ:飛びたつ方向に向かって前向きに立ち、グライダーを自分の背後から引っ張って立ち上げてテイクオフ(向かい風が弱い時の立ち上げ)

(2023年10月)

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バックナンバー
24 「いま、この瞬間」を味わう
ソラトピア(茨城)
特別版 RedBull X-ALPS 2023
アルプス(ヨーロッパ)
23 「動力なしで高度を上げる」
ハンググライダースクール晴飛
(茨城)
22 上昇気流に乗ってどんどん高度が スカイパーク毛呂山(埼玉) 21 世界が広がった
荒神山エリア(滋賀)
20 あの浮遊感がたまらない
火山フライトエリア(福岡)
19 安全第一 (山梨)
西東京パラグライダースクール
18 タンデム証を取得して家族を
紀の川フライトパーク(和歌山)
17 もっとずっと空にいたい
南陽スカイパーク(山形)
16 勝つためのフライトを学んで…
烏山エリア(栃木)
15 飛ぶということが快感に
獅子吼高原エリア(石川)
14 こんなにも素晴らしい世界が
足尾山ハング・パラエリア(茨城)
13 上昇気流を使って雲の底まで
紀ノ川フライトパーク(和歌山)
12 ハングひと筋35年
舞鶴・神埼フライトエリア(京都)
11 目標はXアルプス
朝霧高原猪之頭エリア(静岡)
10 空を飛びたい
岩屋山フライトエリア(兵庫)
09 パラを始めて世界が変わった
南陽スカイパーク(山形)
08 人間も空を飛べるなんて!
河口湖スカイリゾート(山梨)
07 鳥より高く飛んだ時
パラフィールド(静岡)
06 空と友達!
関東のエリア
05 機体と自分がひとつになった…
板敷フライトエリア(茨城)
04 ハング・パラの魅力を伝えたい
霊石山フライトエリア(鳥取)
03 大空を飛べる楽しさを知った
琴平岳フライトエリア(長崎)
02 自分で飛んでみたい!を実現
堂平山フライトエリア(埼玉)
01 地球を感じる写真を
烏山エリア(栃木)
00 開け、空!という思いをこめて
野田スポーツ公園(千葉)

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