項 目 |
ハンググライダー飛行中の墜落事故 |
日 付 |
2005年4月17日 |
場 所 |
石川県白山市八幡獅子吼高原着陸場付近 |
機 体 |
ウイルス、ウイング式 U2-160型 サイズ(投影14.86u) |
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1.事故調査の経過 |
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1.1事故の概要 |
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ウイルス、ウイング式 U2-160型(ハングライダー、単座)は、2005年4月17日12時11分頃、パイロット技能証取得課程の練習飛行のため石川県白山市、獅子吼高原(標高600m)から離陸し、約1時間20分の練習飛行後着陸場上空へ飛行、対地高度は400m程度あった。その後、指定空域に於いて左旋回を継続し高度処理飛行を行う。場周経路に移行するための高度まで降下し場周飛行に移行するかと思われたが左旋回が続いたまま着陸場から南西方向に離脱して行き着地場には戻れない状況に陥った。機首が着地場に向いている最終旋回時には着地場手前の水田に不時着可能な高度と位置関係であったが更に左旋回が継続したまま石川県土木事務所の屋上を通過し建物の南側に位置する駐車場内へ13時35分頃不時着した。不時着時に駐車場南東側奥に駐車してあった道路清掃車の左側運転席後部に激突。救急車で金沢大学付属病院に搬送されたが15時頃、頭部強打による外傷性くも膜下出血による死亡(即死状態であった)。が確認された。
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1.2事故調査の概要 |
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事情聴取:
エリア関係者及び目撃者に事故当時の様子を聴収した。
気象状況収集その他関係情報収集などをおこなった。
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事故機の検証:
2005年5月20日 鶴来警察署駐車場。 |
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検証事項:
機体の破損状況の調査。車両との衝突部位の検証。
石川県土木事務所駐車場にて飛行経路と衝突車両の検証を行った。
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2.認定した事実 |
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2.1飛行の経過 |
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目撃証言から、事故機の飛行経過は次のように推定される。
事故機は、2005年4月17日12時11分頃、パイロット技能証取得課程の練習飛行の目的で石川県白山市獅子吼高原のテイクオフ(離陸場・標高600m)を北西の風(左右10度方向)正対風約5m〜7mの中を離陸した。上空域は雲が無く晴天、飛行空域全体にリフト(上昇風)がありソアラブル(容易に空中浮遊が出来る状況)であった。
事故機はテイクオフ前の上空域を高度獲得し1時間強の飛行後、テイクオフの正面約0.5Km先に位置するランディング場(着陸場)標高150m高度差450m方向に飛行した。飛行空域及び飛行経路上では場所によっては強めのリフトがあり容易に高度を獲得することが出来る状態で、多少上下する程度の気流状態の中、ランディング場を目指して飛行した。ランディング場上空に到達した時には対地高度は400m程度であった。
その後、指定されたランディング場北西側200mに位置するブルーシートが設置された高度処理空域に於いて降下のための連続左360度旋回による降下を始め、高度約100m付近まで降下した。その後、着陸のため場周飛行に移行するかと思われたが左旋回が続いたまま着陸場から南西方向に場周経路から逸脱して行った。着地場より看視していたインストラクターが場周経路に戻るよう無線で1回目の指示を出したが事故機はそのまま左旋回を継続したため再度無線により着地場に戻るように指示するも事故機は左旋回を継続し続けていたため3回目の指示を行った。しかし左旋回は止まらず着地場には戻れない状況(高度、位置)と判断したインストラクターはこの時点で近くの水田に着陸するように無線指示を行った。旋回している事故機の機首が着地場に向いている最終旋回時には着地場手前の水田に不時着出来る高度と位置関係であったが左旋回が継続したまま石川県土木事務所の屋上を高度15-20 m県道方向に通過した。直後左バンク角が40度位に増加しダイブする状態で建物の南側に位置する駐車場内へ不時着陸し駐車してあった道路散水清掃車にほぼ水平飛行状態(ベースバーのデフォーム及び擦過傷の状態から)で激突した。
上空を飛行(高度350m後方500m)していたパイロット(江端氏)からは事故者が車両に衝突した状況が目撃され無線連絡された。
事故者は駐車場南側最奥部に駐車してあった道路散水清掃車の左側助手席後部の水タンク前角部に前頭部より激突した。救急車で金沢大学付属病院に搬送されたが15時頃、頭部強打による外傷性くも膜下出血による死亡(即死状態であった)が確認された。
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2.2機体の損壊に関する情報 |
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セール:
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左翼下面にかぎ裂き状の破れ2箇所
破断状態から機体が衝突後車両からずれ落ちる際に発生。左翼リーディングエッジ(スパー破断部)に微細な擦過傷。
左翼カーブチップ下面縫製糸部が擦過傷による破断。センターファスナーはロック付でレバーを引かないとスライドしない。
サイドファスナーはロック無し。張力で容易にスライドする。
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バテン:
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左翼No3・No9が破断。No8が曲がり。 |
スパー:
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左翼スパーノーズ先端より1030mmのところで破断。 |
キール:
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キールエンドより1720mmのところで破断。 |
アップライト:
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左右共中間部上部で右側に折れ曲がり。 |
ベースバー:
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スピードバー凸部右側に車両との衝突によるデフォーム痕と擦過傷に伴う黄色の車両塗料が付着。
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ワイヤー:
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フロントフライングワイヤーが左右とも中間部でビニール被覆剥けを伴う変形。
(車両との強い圧接による捩れ)
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ハーネス:
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下面ファスナーが膝頭部で5cmの擦過傷。 |
ヘルメット:
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アウターシェル、インナーシェル共に前頭部から頭頂部にかけて直線的に破断。
チンガードも先端左側が破断。(
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計器類:
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正常。但し事故時のメモリーは電源を切り忘れたため消去していた。
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無線機:
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正常。交信周波数、ヘッドセットユニット、電池残量共に問題ない。
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衝突車両:
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左サイドミラーステー、ロッドアンテナの変形。
ルーフ登頂用梯子下部が車両接続部より破断し変形。荷台部水タンクの左前角部がベースバー、及び、頭部ヘルメットの衝突により塗装の擦過傷。 |
その他:
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石川県土木事務所への引き込み電線を破断。
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2.3機体に関する情報 |
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型式:
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ウイルス、ウイング 式 U2-160型 サイズ(投影14.86u)
35130 |
製造年月日:
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2004年6月後半 |
耐空証明等:
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2005年4月21日DHV取得 |
総飛行時間:
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不明(飛行回数と飛行実績から推定約30時間程度) |
総発航回数:
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58回 |
飛行重量:
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最小100kg〜最大133kg |
2.4パイロットに関する情報 |
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男性 年齢:57歳 裸体重:70kg |
技能:
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PGパイロット技能証
2001年5 月 16 日交付
ハンググライダーC級技能証
2004年8 月 17 日交付
スカイ獅子吼パラグライダースクール所属
飛行経歴はパラグライダー8年P証所持、ハンググライダー2,5年C級技能証所持。 |
2.5気象に関する情報 |
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2.5.1事故当時の風向、風速 |
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テイクオフ:
北西の風5〜7 m/s
飛行経路:
北西の風5〜8 m/s
ランディング:
北西の風4〜6 m/s、
事故目撃者の証言より現場付近の風の状況は次のとおりであった。事故発生時間帯前後にわたり同空域に於いて事故機を含め複数機(10名)が飛行、事故発生時は8機が飛行していた。飛行していた空域は平均風速5m/secから8m/sec の西風で獅子吼フライトエリア全体が上昇風帯となりソアリングに適した状態で1時間以上の飛行が行われていた。
事故直後に上空をフライトしていたパイロットからはサーマルの影響による乱流が感じられやや不安定な気流であったことも報告された。
いずれの目撃証言者からも場所によっては多少の乱流を伴うソアラブルな状態であったが急激な風向、風速の変化、突風等による飛行の障害となる状況は証言されていない。ハンググライダーで飛行するには問題は無い状況であった。
しかし、事故発生地点の石川県土木事務所付近は西風の時には風上に位置する尾根の影響でローター域(風下の乱流)であった。
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3考えられる原因 |
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3.1
機体の要因 |
離陸時に撮影された写真から事故機はセール下面のセンターファスナーを閉め忘れて離陸し飛行していた事が確認された。センターファスナーを閉め忘れて飛行した場合、当該機体の飛行特性を確保できず不安定になる。旋回がしにくい。旋回からの回復が困難となる。ダイブに入ってしまう。等の障害が発生する場合もあることが情報としてある。センターファスナーを閉め忘れた場合開口部より空気が流入し翼内のラム圧が増大しセール下面が膨らむことにより翼型の変化が発生することに伴い揚力の変化をもたらすことになる。一定方向に旋回をし続け左右の翼に不均衡が生じた場合、体重移動によるハンググライダーでの操縦範囲では旋回から回復できない事態に陥る可能性もあると思われる。が一方ではセンターファスナーの閉め忘れに気付かず飛行し着地後閉め忘れを発見した事例や、飛行中にセンターファスナーの閉め忘れに気付きベースバーに乗りファスナーを閉めた事例の報告もある。いずれも操縦不能に至る飛行特性の変化は報告されてはいない。
金子インストラクターの事故報告内容で事故後このファスナーの開放部が更に広がっている記述があるが事故後撮影された写真の撮影順序から開放部が進展していなかったことが確認された。
機体の要因については今後更に検証を行い結果が出次第報告をすることとする。
今後の検証事項
1 坂本三津也(安全性委員会事故調査地区担当委員)により同一機種によるセンターファスナー開放時における影響度を調査する予定である。
2 製造メーカーのウイルスウイング社に輸入代理店スポーツオパカイト社を通じて試験飛行の調査を依頼した。
3 岡芳樹安全性委員会委員よりドイツDHVに事故内容を照会し情報を求めた。
以上3項目については調査終了次第追加資料として報告する。
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3.2 身体的な要因 : |
事故者は長時間の飛行は過去に1度経験しているだけであった。そのため長時間の飛行による疲労、思考能力の低下等を招いて正常な判断力が失われていたことも考えられる。
年齢的に50歳代を過ぎると状況によっては思いもかけないような(本人も記憶にないような)操作をしたり、パニック状態になったり硬直し動けない状況になることがある。このような状況になったかあるいは更に重度な身体的異常が発生し意識の喪失等により操縦が不可能な状態に陥っていたことも考えられる。何故ならインストラクターから4回の無線誘導、警告無線に対して機体と身体の位置関係はニュートラルポジションのまま保持され修正動作が見られなかったからである。
唯一、駐車場内への着陸の為と思われる急激なダイブを伴う左旋回が見られたがこれが操作によるものなのか、当時この空域は尾根後方のローター域(乱流)になっておりこの影響によるものなのかは不明である。
参考事例
1
50代後半ハンググライダ-C級教習生がランディングアプローチに入りアップライトに持ち替えスタンディングポジションになる状況でいきなりフロントフライングワイヤーを両手で掴み引き込もうとした。無線の指示で正常に戻って着地したが本人はこの行動を覚えてはいなかった。無意識のうちにしていた事になる。
2 50代後半パラグライダーB級教習生がテイクオフ後右方向に流れるままとなりそのままツリーランをした。本人はテイクオフ直後からツリーランする間の記憶がほとんど無くツリーラン直後からは冷静に無線で報告もあった。無線機は正常であったが飛行中の無線誘導の指示は何も聞こえていなかった、どうしてこうなったか解らないと証言している。
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3.3 無線機の要因 : |
事故者の無線機はヘッドセット付を使用しており上空を飛行中はインストラクターと交信をしていた
がその後、電池の消耗により受信不能になったか故障による受信不能状態になった可能性が考えられる。
あるいは機体要因があった場合、無線の傍受はされていたがヘッドセットの押しボタンがヘルメットのチンガード右側サイドにあり交信するには片手をベースバーから離さなければならずその余裕が無かったことが考えられる。
地上のインストラクターから事故者への4回の無線指示は他の飛行中パイロットのすべてが無線指示を傍受していたことが事故後確認されている。また事故直後インストラクターから飛行中のフライヤー全員に無線で至急ランディングするよう指示が出され20分あまりで全員着陸した事からもインストラクターの無線機は正常に機能していたと言える。
また当該スクールではインストラクターの指示無線がショップからスピーカーで聞こえる状態になっているため事故直後ショップ周辺にいた人は事故の発生を同時に察知することが出来たため、相当数のフライヤーが事故現場に一斉に急行した。
事故後無線機の故障の有無は鶴来警察署にて確認され正常であった。電池の残量も問題は無かった。
ヘッドセットユニットに関しても6月9日に再度鶴来警察署村田警部補(アマチュア無線免許所持)の協力の基に再確認されたが異常は無かった。
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3.4
センターファスナー開放時における影響度の検証結果
: |
坂本三津也(安全性委員会事故調査地区担当委員)により同一機種によるセンターファスナー開放時における影響度を検証した。
検証日時 : 平成17年9月23日
場所 : 鳥取砂丘ハンググライダー講習会場
風速 : 正対風5m−6m
検証日は強風であったが次第に風速が落ち最適条件になったのでグライダーを風に正対させ浮遊させた状態でグランドハンドリングにてピッチ方向、及びロー、ヨー方向への変化を行いグライダーの挙動、コントロール性、下面セールの逆膨らみ等の観察をファスナー開放と閉じた状態で実施した。その後、講習会場にてショートフライトを実施した。
検証結果、ファスナー開放と閉じた状態での差がみられず、操縦に支障をきたす不具合は発生しなかった。また推測されたファスナー開口部からの空気の流入による下面の膨らみに関しても下
面に当たる風圧が勝り逆膨らみは発生しなかった。
以上の検証結果からファスナーを閉め忘れて飛行した場合、操縦性に重大な影響を及ぼすとは考え難い結果であった。
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DHVへの問い合わせ及び回答内容資料 |
Dear Hannes,
How are you doing lately? I'm fine. This year there aren't many fatal accidents so far, which is really good for us. But recently we had one fatal accident with HG. The pilot was soaring more than one hour and was trying to lose height(about 400 m) before landing and made consecutive 360 turns. But he didn't stop turning and drifted some hundred meters. And the last moment he seemed to make a steep turn to land in a small parking place and hit a truck from nose. His friend was taking pictures at take off and some pictures showed that the zipper which close the center of bottom surface was left open (the slider was about 50cm from nose plate). So I'm wondering if this (the bottom surface left open) will create any problem in stability and handling. Have you ever tested the stability with such configuration? Or do you have any adequate explanation regarding such configuration? The glider was Wills Wing U2 160. As he was soaring for more than one hour, I think no problem was happening while in normal flight. I heard that the pitch stabilty is severly influenced when a pilot forget to attach nose cone.
I really appreciate your information if you have. Thanks for your cooperation in advance.
Yoshiki OKA
訳文
最近どうしていますか?私は元気です。今年はこれまでのところあまり死亡事故が発生していません。われわれにとって大変良いことです。しかし最近HGの死亡事故が発生しました。パイロットは1時間以上ソアリングした後、ランディング前に高度(約400m)を落とすために360度旋回を連続して行いました。しかしパイロットは旋回を停止せず、数100mもコースを外れました。そして最後の瞬間小さな駐車場に降りようとしていたらしく急旋回をしトラックにノーズから衝突しました。彼の友人がテイクオフで写真を撮っており、いくつかの写真にはセール下面のセンターを閉めるファスナーが開いたまま(スライダーがノーズプレートから50cmほどのところに止まっている)になっているのが写っています。このこと(下面が開いたままになっている)が安定性とハンドリングに問題を引き起こすかが分かりません。このような状態での安定性の試験をしたことがありますか?またはこのような状態に関して適切な説明はできますか?グライダーはウイルスウイング社製U2 160です。パイロットは1時間以上もソアリングしていたので、通常フライト中では何も問題はなかったように思います。ノーズコーンを付け忘れた場合はピッチ安定が大変影響を受けると聞いたことがあります。
もしあなたから何かしらの情報があれば教えてください。あなたの協力に前もって感謝いたします。
回答
Dear Yoshiki OKA,
we have experience concerning flying without the nose cone. In this case pitch stability usually is influenced. (No bar - pressure, higher trimmspeed).
we do not have experience concerning flying with an open undersurface zipper. I would assume in your case (the slider was about 50cm from nose plate) this should not have dramatic influence. I never heard about someone having had such a problem.
happy landings
Christof Kratzner
DHV Technical department
訳文
HannesからChristofに転送されChristofからの返事
われわれはノーズコーンを付けずに飛んだフライトに関する経験がある。このような場合、ピッチ安定は通常影響を受ける(バープレッシャーがなくなる、トリム速度の増加)。下面のファスナーを閉めずに飛んだ経験はない。あなたのケース(スライダーがノーズプレートから50cmほどにところにとまっている)では劇的な影響がないと推測する。このような問題を経験したパイロットを私は一人も知らない。 |