山梨県忍野村事故調査
報 告 書
2008年1月31日公表
項 目 ハンググライダー飛行中の墜落事故
日 付 2007年8月5日10時55分頃
場 所 山梨県忍野村の杓子山の中腹
機 体 HG:ウイルスウイング式スポーツ2-155型
 

 

1. 事故調査の経過

 

1.1 事故の概要

ウイルスウイング式スポーツ2-155型ハンググライダーは、2007年8月5日10時55分頃、 レジャー飛行のため、山梨県忍野村の杓子山の中腹の標高1,350mにある忍野スカイスポーツ倶楽部(以下、同クラブと言う) フライトエリア離陸地点から離陸した直後、南西へ約500m飛行したところで、異常が発生して標高1,200m付近の山中へ墜落し、 機体は高圧送電線に引っかかった。パイロットは地上で発見されたが、死亡した。

1.2 事故調査の概要  
1.2.2 調査の実施: 2007年8月7日 残がい調査および口述聴取。現地の忍野スカイスポーツ倶楽部クラブハウスにおいて、事故のあった飛行機材一式を調査してこれを撮影すると ともに、当日、都合のついた同クラブスタッフの口述聴取を行なった。
2007年10月22日 調査担当者からの第1回事故調査報告
2007年12月13日 安全性委員会稟議による第2回事故調査報告
2. 事実認定のための情報  
2.1 飛行の経過
クラブのスタッフによると、機体異常発生時の目撃者は、離陸地点にいた同クラブ会員一人だけ である。死亡した事故者(会員)が所有し操縦するウイルスウイング式スポーツ2-155型ハンググライダーは、2007年8月5日10時55分頃、レジャー飛行の ため、山梨県忍野村の杓子山の中腹の標高1,350mにある忍野スカイスポーツ倶楽部フライトエリア離陸地点から離陸し、そのまま穏やかに、離陸地点から西南西へ約500m の、離陸地点から見て右側に張り出した尾根筋の上まで飛行したところで、突然、翼がたたまり、真下に落下していき、すぐにこの尾根筋の向こう側へ見えなくなってし まった。) もう1名、離陸地点にいた会員は機体異常発生目撃の会員の悲鳴で振り返り、落下して尾根筋の向こうへ消えて行く翼のたたまった機影を見ている。すぐにこ の2名と、続いてインストラクター1名以下パイロット4名が救助に駆けつけ、標高1,200m付近の山中の地表面で、パイロットの体と機体のごく一部を発見したが、パイ ロットに意識はなかった。パイロットは13時過ぎに山梨県防災ヘリコプターに収容され、山梨県立中央病院へ搬送されて、死亡が確認された。発見時のパイ ロットはハーネスを装着し、ハーネスからは放出されたパラシュートが高い木の上まで伸びていた。また、ハーネスにはスイングラインとキングポストが付いていた。キ ングポスト以外には、折れた右フロントスパーが地上で発見された。それ以外の機体本体は、地上60mと推測される東京電力15万ボルト高圧送電線に引っかかっていて、 バチバチという激しい放電音が聞こえた。送電線に引っかかっていた機体は、東京電力によって当日すみやかに丁寧に回収された。
図1-3参照)
2.3 機体の損壊に関する情報  
2.3.1 損壊の程度 大破
2.3.2 各部の損壊の状況 機体本体:
・右フロントスパー 前後端で破断
・右スパーミドルスリーブ 上記フロントスパー部で破断
・左フロントスパー 変形は無いが、前端部表面が黒く焼損
・左クロスバー センタージャンクションから脱落・変形
(右クロスバーと、左右のリアスパー及びスプログ:無傷)
・キール 前端から後方へ約114cmと、コントロールバーの前部取り付けボルトから前方へ約9cmで破断。その間のキングポスト受け部分に相当する約38cmのパイプ部分は 、6日後の8月11日に、同クラブのクラブ員によって事故現場付近で発見された。
・キングポスト トップキャップが脱落行方不明。トップハウジング部表面が黒く損傷。キールとの接続ボルト/ナットは行方不明。下端左側後方にゆがみ
・右アップライト 中央部で折れて破断。リアワイヤー出口がワイヤーにより約10cmにわたりアルミ面に裂け
(左アップライト/両コーナーブラケット/ベースバーは無事)
・トップフロントワイヤー 両端の末端スリーブ部分出口で溶融切断し、本体は行方不明
・ボトムフロントワイヤー 左右とも、ノーズ側末端スリーブ部分出口で溶融切断し、アップライト側はアップライト内部まで消失したと見られ、本体は行方不明
(トップリアワイヤー 曲がり癖が付いているが、目立つ素線断線はなし。)
・右トップサイドワイヤー クロスバーへ接続するボルト/ナットとともに行方不明。8月7日に、同クラブ会員の現地捜索により、クロスバー側タングの屈曲角度が半分 に変形したワイヤーが1本、回収されたが、これが右トップサイドワイヤーであるのか下記の右ボトムサイドワイヤーであるのかは、不明。
・右ボトムサイドワイヤー コントロールバー右コーナーブラケットにタング側を残し、末端スリーブ部分出口で溶融切断し、本体はクロスバーへ接続するボルト/ナット /スモールリングピンとともに行方不明。
(左トップサイドワイヤー 唯一、無傷のワイヤー)
・左ボトムサイドワイヤー 両端の末端スリーブ部分出口で溶融切断し、本体は行方不明
・右ボトムリアワイヤー アップライト出口部分でアップライトを引き裂いて、破断
・左ボトムリアワイヤー キール側から約60cmで溶融切断
・クロスバーテンションワイヤー
クロスバー側: 右側は約10cm、左側は約20cmを残し、溶融切断
リアキール側: テンションタングは所定位置にしっかりはまり、右側は約70cmで破断、左側は約5cmで溶融切断し、本体は行方不明だが、約1m長の保護チューブ(白色樹 脂製)は、1本がキングポストに挟まった状態で、もう1本も独立して発見された。
・セール 上面中央部分が断裂した他、数箇所で数十cm程度の裂けと、ノーズ部分が一部焼損
その他:
・ハーネス 左腹部の約20cmの小物入れ入り口ネオプレン素材の破れのみで、ほぼ損傷なし
・ヘルメット 損傷なし
・スイングライン 予備スイングラインの金属結束リング装着部に僅かな擦過痕があるが、ほぼ損傷なし
・パラシュート 損傷なし
・バリオ 外観は損傷なし。通電起動せず。
各部の損壊の状況を示す画像
図4-11  図12-17  図18-24
2.4 機体以外の物件に関する情報 機体の引っ掛かった送電線に損傷があったため、東京電力がこの送電線1本の交換作業を行い、その費用の請求を受 けて、亡くなったパイロットのJHFフライヤー登録の第三者賠償責任保険から交換作業費用が支払われた。このほかの停電による損害補償などの要求はない。
2.5 パイロットに関する情報 男性 1975年6月4日生 32歳 体重83kg
2002年10月ハンググライダー練習開始
2006年2月10日JHFパイロット証取得
2007年に入って50本程度のフライトで、操縦技量の向上が認められた。リジッド機ATOS-VRの購入・搭乗を控えていた。
2.6 機体に関する情報  
2.6.1 ハンググライダー 形式 ウイルスウイング式スポーツ2-155型
製造番号 38526
製造年 2005年3月
2.6.2 機体の改造 概観によると機体の整備状況は良く、関係者の記憶では、特に改造を行ったことはなく、残がい調査でも、改造があ ったとは認められなかった。なお、パイロットはコントロールバーの損傷評価・交換について積極的・模範的であったとの、関係者の評価がある。また、関係者の記憶によ ると、新機納入後、オーバーホールまたはスパー、サイドワイヤーなどの点検・交換作業を行ったことはない。
2.6.3 重量 事故当時、同機の総重量は120kgと推定され、型式認定申請書に記載された飛行重量 95〜140kgに含まれる。トリム設定は、8月11日に発見されたキール部品の、通常使用によると思われる痕跡から、3段階の中位置の平均的なトリム設定であったと推測さ れる。
2.7 気象に関する情報 事故発生時の現地の天候は、関係者によると、天気 晴れ時々曇り、風向 南、風速 約2m/s、視程 良好、雲底の 高さ 約1,800m
3. 事故原因に関する考察 高圧送電線に引っ掛かるという特異な状況で機体の破損が激しく、事故原因となる最初の破損箇所が特定できていな いため、事故原因は不明である。また、異常発生時の目撃者はいるが、映像記録と異なり、人間の記憶では細部の認識に錯誤が生じやすい点を考慮するべきである。しか し、推測できる最も可能性の高い事故原因は、目撃証言と機体の残骸の状況から見て、右ボトムサイドワイヤーのクロスバー接続部における破断または脱落である。この ようにボトムサイドワイヤーの破断または脱落にいたる原因を推測すると、次の3例が考えられる。
1.サイドワイヤーがキンクによって損傷し、飛行中に破断にいたる例。2年前に関西地区で、ハンググライダーがバンザイ状態となって墜落するという、本事故に類似 の事故が発生している。この事故では、キンクの繰り返しによってボトムサイドワイヤーが損傷し、飛行を重ねるうちに損傷が進行し、最後に飛行中に破断したことが原 因であると判定されている。キンクによるワイヤー損傷は日常的なハンググライダー活動でも発生の可能性がある。
2.事故機の左翼のサイドワイヤー取り付け部のキャッスルナットのゆるみ止めのリングピンが半分、変形していた。このことから、リングピンの変形に端を発してリン グピンが脱落し、セルフロック機能を持たないキャッスルナットが緩んで最終的に脱落した為に、右翼のボトムサイドワイヤーが飛行中に脱落した可能性がある。
3.現在の設計・製作水準の機体では発生例もなく、また発生することも想像し難いが、クロスバーを貫いて上下のサイドワイヤーをとめているAN4-32規格のボルト が破断すると、本事故に類似の事故が発生し得る。
本事故では、
「1.」に関して、右クロスバーを貫いて上下のサイドワイヤーをとめているAN4-32規格のボルトが周囲に痕跡を残さずに紛失していることと符合しないが、送電 線に引っ掛かったときにパイロットとその接続メインフレーム部(キール中央部)がダルマ落としのように破断・脱落するほどの大きな衝撃があったと推定できることか ら、右ボトムサイドワイヤーの破断によってバンザイ状態で落下したのちに送電線との衝突による衝撃で該当ボルトが一気に破断するなどして紛失した可能性を否定でき ない。
「2.」に関しては、事故機に残る痕跡や同型機組み立て検証から、通常の使用で該当リングピンの変形が起きたとは思われない。また、整備作業の失敗によっても該当 リングピンの変形または紛失が発生するが、新機納入後、オーバーホールまたはスパー、サイドワイヤーなどの点検・交換作業を行ったことはないとの、関係者の記憶があ る。しかし、関連するボルトの紛失を最も合理的に説明できる例であり、何らかの人為的錯誤の結果、リングピンが欠落していてキャッスルナットの脱落に至った可能性 が高い。
「3.」は、最も可能性が低い例で、ハンググライダーの飛行でこの部位のANボルトが破断した例はないが、該当部品が行方不明のままであり、破断の可能性を排除す るべきではない。しかし、行方不明のボルトと接触する残存部品に損傷の痕跡が無いことから、本事故の原因とは考えがたい。
4. 今後の事故防止対策への提言 本事故の原因は不明であるが、「1.」の例と、最も可能性の高いシナリオである「2.」の例については、適切な プレフライトチェックを遂行する事で、飛行中に異常状態となる危険性を排除または大きく減滅できる。本事故のパイロットは模範的で優秀なパイロットであったとの関 係者の話であるが、一般のパイロットのプレフライトチェックの現在の遂行水準は、かなり不完全ではないかと思われることから、本事故もプレフライトチェックに失敗 があったために事故に至った可能性が高い。今後、JHFハンググライディング教本や各ハンググライダー取扱説明書に記載されているプレフライトチェックの内容の理 解と励行を呼びかけることで、本事故と同種事故の再発を防止することが期待できる。
5. 関係省庁への報告 本事故につき、事故機であるウイルスウイング式スポーツ2-155型ハンググライダーを輸入している株式会社ス ポーツオーパカイトは、経済産業省へ、平成19年5月14日に改正が施行された消費生活用製品安全法に基づく事故報告を行った。経済産業省は、独立行政法人製品評 価技術基盤機構(略称nite)による事故情報審査のうえで、同省のホームページに、消費生活用製品の製品事故(管理番号A200700344)として、事故情報を掲載した。


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