2013年後半、最も注目された『パイロット』といえば、この人だろう。八谷和彦(はちやかずひこ)さん。オープンスカイ・プロジェクト()と銘打ち、メーヴェを彷彿とさせるジェットエンジン付き小型飛行機を作り、自ら飛行した。国民的アニメ『風の谷のナウシカ』の主人公、ナウシカが自在に操る翼、あのメーヴェである。そのフライトの様子はインターネットをはじめさまざまなメディアで紹介され、ボーイング社製でもない、エアバス社製でもない、小さな自作航空機に人びとの目は吸い寄せられた。ハンググライディング・パラグライディングを愛好するJHF会員諸氏は、もちろん敏感に情報をキャッチして、八谷さんの美しい機体に興味を抱いたに違いない。そこで、実はご自身もJHFフライヤー会員でもある八谷さんにお話をうかがってきた。
■ ナウシカみたいな人がリーダーだったらいいのに。
fv_bangai_1_1 ◎八谷さんは「ポストペット」などの作品で知られるアーティストだ。エンジンを使った作品も発表しているが、そもそも、なぜ作品として空を飛ぶもの、「ナウシカの飛行具」を作ろうと考えたのだろうか。
「作ろうと思ったきっかけはいろいろありますが、大きなきっかけはイラク戦争が始まったことです。9.11以降は国と国が戦うというよりはテロの戦争になってきて、市民が市民を直接攻撃するようになっている。そうなると、安全保障上一番いいのは、よその人や国に恨まれることをしない、戦争をしないということだと思うんです。ところが、当時の小泉首相はイラク戦争に賛意を表明しました。あっという間に戦争に関わることを決めた日本の政府に対して不信感というか反感を持って、リーダーとしての小泉さんに不満を持ったんですね。当時、コミック版の「風の谷のナウシカ」を読んでいたのもあって、ナウシカが日本の首相だったらいいのにと思いました。ただ、僕はナウシカのような人じゃないので、ナウシカが乗る飛行機を作って、『そういう戦争に関わるのは正しいことなのか』と訴えるというか、作品で示そうと、このプロジェクトを立ち上げたんです。あれからもう10年以上経って、今もシリアで似たようなことが起きていますけれど。
飛行機を一生に一回作ってみようと、前から思っていたというのもあります。90年代後半に、ジェットエンジンを使ったホバークラフト的な作品「エアボード」というのを作りましたが、もともとジェットエンジンは航空機用に生まれたものなので、それを使ったシリーズでやるんだったら次は飛行機だな、と思っていたんです。ジェットエンジンもだんだん推力が上がってきているのは知っていたので、2000年代になったらこのぐらいのエンジンで人が飛べるぐらいになるだろうと予測していて、実際に2004年にジェットエンジンを購入しています。」

■ プロフィール
メディアアーティスト
1966年佐賀県生まれ。
九州芸術大学(現九州大学芸術
工学部)画像設計学科卒業後、
コンサルティング会社勤務を経て、
(株)PetWORKSを設立。
2010年より東京藝術大学先端
芸術表現科准教授

■ ホームエリア
野田市スポーツ公園
(千葉県)

)オープン・スカイプロジェクト
【目的】このプロジェクトは、「風の谷
のナウシカ」に出てくる架空の飛行
具を「実際に飛行可能な試作機」と
して作り、試験飛行(ジャンプ飛行
および場周飛行)を成功させること
が目標です。安全性を考慮し、パイ
ロットはプロジェクト責任者である八
谷和彦が務めます。また、試作機
を量産する予定はありません。
(八谷さんの本「ナウシカの飛行具、
作ってみた」の最初に記されている
プロジェクトの目的をから引用)

 

■ 飛行機を作るだけじゃなく空を飛ぶことを作品に。
◎プロジェクトの始動は2003年。この飛行機が空を身近なものにしますように、と「開け、空!」という思いを込めて、オープンスカイ・プロジェクトと名付けたという。プロジェクトの第一段階は2分の1サイズ模型を制作して実際に飛ばすこと、第二段階でゴム索トーイングの実機を制作し滑空する、そして最終段階でジェットエンジン搭載機を制作し場周飛行をする。多くの人が夢見る飛行機。その形を作るだけでも作品として成立するだろうが、八谷さんは自分自身がテストパイロットとして飛行している。ボディバランス強化のためにブラジルの格闘技「カポエイラ」を始め、2004年にハンググライダーによる飛行訓練を開始。プロジェクトの完結をめざし、空への一歩を踏み出した。
「JHFの会員の人たちのように僕も飛ぶことに興味がありましたし、飛行機を作ることだけをやりたかったんじゃなくて、空を飛ぶことを作品にしたかったんです。このプロジェクトは、メーヴェの機体コンセプトを参考に『本当に飛行可能な航空機』として飛行機を試作し、試験飛行をするものなんですが、新規の試作機で安全性が担保されるわけじゃないので、やはり作った本人が飛ばないとだめだろうなと。この機体の操縦の難易度は想像できないものの、せめて既存のハンググライダーでソロで飛ぶのは必要と思っていました。
メーヴェのような飛行機を作ろうと思って最初に考えたのは、現存する機体で一番近いのは何だろうということです。スイフトというリジットウイングハンググライダーが近いと思ったので、スイフトで飛んでいる中村昌彦さんに会いに行きました。おおまかな翼面積やパイロットが翼の上に乗ることは決めていましたが、まずは現物のスイフトを参考にしようと、中村さんの機体組み立てやフライトを見せてもらったんです。そのときハンググライダーの訓練を始めるなら、自分が住んでいるところからだと茨城県の板敷にあるスポーツオーパカイトというところがいいよと教えてもらって、オーパのスクールに行くことにしました。
練習を始めたのは2004年4月19日。『スイフトの上に人間が乗るような形で飛行機を作ろうと思っていて、その訓練としてハンググライダーに乗れるようになりたいんです』と、桂敏之先生に伝えました。なるべく早くソロフライトできるように平日に集中的に練習に行って、タンデムで23〜24本飛んで、6月9日早朝にファーストソロ。特訓に近い感じですね。ファーストソロは穏やかなコンディションでしたし、そんなに緊張したり怖いということはなかったんです。むしろ、タンデムの機体でずっと飛んでいましたから、『軽いな、一人で飛ぶと』と思ったりしましたね。」

 

■ じゃじゃ馬を想定していたら素直な機体だった。
◎翼を作って飛ぶことを作品にといっても、飛行機作りではアマチュアの八谷さんが、人間を乗せて飛行する機体を製作することは難しい。国内で飛行機の開発ができる人を探し、有限会社オリンポスの代表、四戸哲(しのへさとる)さんに出会う。
「やっぱり実機はプロフェッショナルにお願いしないとだめだと、飛行機開発の専門家を探しました。最初は大学の先生はどうかと考えましたが、大学で飛行機を作っているという事例が少なくて、人材が見つからず悶々としていたとき、たまたまネットで四戸さんを知ったんです。これはもう四戸さんしかいないだろうと会いに行って、機体作りを引き受けてもらいました。
その頃は、2006年くらいに最終段階まで行けるんじゃないかと思って、四戸さんに設計・製造を任せて、僕はハンググライダーの訓練をしたり、自分以外に操縦できる人も必要なのでパイロットを探したりとか、そういうことをやっていましたね。実際には2006年にゴム索曳航の滑空機ができて、2013年にジェットエンジン付きができましたから、想定よりかなり遅れましたけど。」

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2013年夏、3331 Arts Chiyodaで開かれた個展「Open Sky 3.0 欲しかった飛
行機、作ってみて」にて。ゴム索発航滑空機のM-02。この機体は70本を越え
る試験飛行を経て、金沢21世紀美術館の収蔵作品に。 撮影:小久保陽一


◎2006年4月、人力によるゴム索発航滑空機、M-02の初めての試験飛行が成功。無尾翼機であることから心配されたピッチ方向の不安定もなく、問題なく操縦ができた。「じゃじゃ馬を想定していたら、わりと素直な機体だった」というのが八谷さんの感想だ。テストを重ね、安全に飛べると自信がついた9月には、静岡県朝霧高原のキャンプ場「ふもとっぱら」で公開試験飛行を行う。この日は公募で選ばれた女性パイロットもM-02でフライトした。
「M-02のピッチコントロールはハンググライダーに近いので、ハンググライダーをやってる人なら誰でも…とまではいわないけれど、わりと簡単に適応して飛べると思います。このときの公開試験飛行では、夏目裕美さんという十数年のハンググライダー経験がある方と、グライダーパイロットの橋本喜久恵さんに乗ってもらいましたが、ほぼ無風のコンディションだったこともあり、ふたりとも普通に離陸して操舵して着陸できました。
なぜ女性パイロットに飛んでもらったかというと、プロジェクトが走り出した当初から僕自身が機体に乗ることにしていましたが、『やっぱり、ナウシカのように操縦できる女性パイロットも必要だ!』と考えたんです。それで、2004年2月の六本木クロッシング展で機体の実物大平面図を展示して、女性パイロットを募集しました。約60名の女性が応募してくれて、この飛行機で空を飛んでみたいと思ってくださる方がこんなにいるのかと、本当に嬉しかったですね。さっそく面接をして、主にどんな運動をしてきたかを聞いて、最終的に夏目さんと橋本さんに飛んでもらうことになりました。」

 

■ 問題を乗り越えることも含め「作品」にする。
◎プロジェクト第二段階をクリアし、いよいよ最終段階に入る。それまで、さまざまな課題はあったものの、プロジェクトは概ね順調だった。機体の設計に問題がないことが実証され、次は動力を人力ゴム索曳航からジェットエンジンに替え、まずジャンプ飛行、そして最終的には場周飛行を行う。八谷さんは、ジェットエンジン搭載機に乗るために、動力機の感覚を身につけようと、体重移動型の超軽量動力機、トライクでの訓練飛行を始めた。

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八谷さんとM-02Jの「コックピット」。パイロットはここに
腹ばいに乗って機体を操縦する。 撮影:小久保陽一


「トライクの訓練を開始したのは2007年10月末です。もともとハンググライダーの訓練をしたのは、このプロジェクトで作る機体は重心移動など体を使った操舵をするものになるだろうと想定していたからです。ただハンググライダーはランチャー台から走り下りての離陸なので、動力付きの離着陸に慣れるために、ジェットエンジン搭載機M-02Jと同じような速度、重量、翼面積を持ち、体重移動で操縦するトライクでの訓練を始めました。
僕のホームエリアは千葉県の野田市スポーツ公園です。野田市が所有する利根川河川敷のエリアで、ラジコン、モーターパラグライダー、トライクが仲良く飛んでいます。ここでトライクでの飛行を重ねてM-02Jの試験飛行への準備を続けました。操縦訓練だけでなく、年間の気象環境を知ることやエリア関係者との人間関係を作ることに時間をかけてきたんです。周囲の理解を得ることは必須ですからね。」
◎八谷さんは「問題があるなら、その問題を乗り越えることも含めてやる、作品にするというのが僕のコンセプトです」というが、M-02Jの完成までには、技術面や資金面など、さまざまな問題が次々と降り掛かってきた。それらをひとつひとつ乗り越えていくうちに、プロジェクト始動から10年の歳月が流れていた。
「ゴム索だと初速があっという間につきます。発航のときにサポートの一人が翼端を持って一緒に走って、3秒ほどですぐに離陸してしまうんです。でもジェットエンジン付きの機体は最初の加速がタラタラという感じなので、翼端が地面についちゃったりする。それでアウトリガーを追加したんですけど、2010年に機体が完成したときにはアウトリガーが付いていなくて、滑走テストで走れないとか、エンジンが壊れたこともあって、また時間がかかってしまいました。
でも、そういう失敗も含めて作品というか、最初から完璧にいくとは思っていません。これが納期や締切のある仕事だとあせるかもしれないけれど、危険が伴うから、焦らずなるべくいい飛行コンディションでやるべきですし。途中で本を出したり展覧会やったり、寄り道といえば寄り道ですが、いろいろ見てもらったほうがいいかなと思っているんです。
まだ誰も見たことも飛ばしたこともない飛行機ですから、航空局などにたくさんの書類を提出して試験飛行の許可をもらう必要があります。その審査にも思ったより時間がかかって、2013年7月に、ようやく許可が下りました。」

 

■ 飛行場を探しながら練習フライトを粛々と。
 
◎許可が下りたその月の23日、野田市スポーツ公園においてM-02Jによるジャンプ飛行に成功。4回目のジャンプで、スパン9.6mの翼が高度約2.5mを飛んだ。飛行時間11秒、飛行距離130m。短いフライトではあるが、それは、ずっとめざしてきたゴールまであとワングライドというところまで来たと実感できる、記念すべきフライトだった。

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M-02Jに乗って試験飛行中の八谷さん。プロジェクト最終段階
の場周飛行に備え、練習を積んでいる。 撮影:石澤瑤祠さん


「あとから『多くの人の夢がかなった瞬間だった』と思いましたが、初めて飛んだときは嬉しいとかあまり感じなくて。飛ばれる方はよくご存知でしょうけれど、ランディングするまでは集中してますし、ランディングしてからも強風が吹いたりして、機体を安全なところに置くまでは油断ならないので。もちろん、きれいにテイクオフできると一瞬は嬉しいんですけど、『はい、次はランディングに集中!』という感じですね。
今はまだきれいなランディングが半分ぐらいの確率でしかできていなくて、ちょっと失速気味になったり片翼つきそうになったり。10回中10回きれいに降ろせるところまで、練習しないといけないと思っています。」
◎この冬はプロジェクトの最終段階である場周飛行をめざして練習を重ね、また、より安全に場周できる飛行場を探すという。
「法律では、こういう試験飛行の場合は二段階で許可が下ります。第一段階というのは3m以下のジャンプ飛行、第二段階になると場周飛行なんですけど、その前に20本のジャンプ飛行に成功しなければならない。たぶん倍ぐらいは飛ぶんじゃないかなと思っていて、秋から冬にかけて飛びやすくなるので、練習フライトを粛々と行おうと。
それから、冬の間に場周試験飛行に適した飛行場を探そうと思っています。いまは野田市スポーツ公園で練習していて、ここは東京に近くて非常に広くていいのですが、横に利根川が流れているので……場周飛行だと2回川越えしなくちゃいけないんですね。日本だと河川敷の飛行場が多いですから、飛行場から離陸して川を越えて飛んで、また川を越えて戻ってくる。小さな川だったらいいんですが、利根川はけっこう川幅があるので、最初の段階ではあまり越えたくないんです。
フラットで周辺に住宅があまりなくて滑走路が500mあれば十分です。このインタビューを読まれている方でそういう場所をご存知の方は『こんな場所があるよ』と教えてもらえたらありがたいです。」
 

 

■ 安全にきれいに最後の場周飛行まで。
◎アーティストの作品としての自作航空機、さらに、あのメーヴェのような機体。誰もが「これが本当に飛ぶんだったら見てみたい」と思うだろう。八谷さんが四戸さんにこの機体作りを依頼するとき、大切にしたのは何だったのだろう。
「機体作りで一番重視したのは、安全に飛行できることですね。事故が起きてジブリに迷惑がかかったり、スカイスポーツ全体が危ないものだと思われたら困りますし。
誰も怪我しない、機体も壊さないというのが、このプロジェクトの目標なんです。安全にきれいに最後の場周飛行まで行って、はじめて『成功!』です。
翼の上にパイロットが乗っているから一見ピッチ安定が低そうに見えますけれど、実は人間が上にいても下にいてもあまり変わらないんですね。上に乗っているから意識的にピッチコントロールをする必要はありますが、特にハンググライダーと比べて不安定ということはないんです。
ハンググライダーなどで飛ぶ人は、旅客機で飛ぶことに飽き足らない人だと思いますが、そういう「鳥のように、自分の思うように飛びたい」という欲求は、実は多くの人にあると思うんです。劇中のメーヴェに憧れた人は多いから、そのイメージを活かして、なおかつ『鳥のように飛びたい』という多くの人の欲求の具現化に近い機体として成立させたいですね。ただ、僕の機体は量産しないので、その分ハンググライダーやパラグライダーなどで空を体験する人が増えればいいな、と思います。」

 

皆様にお願い
インタビューで話されたように、八谷さんは場周飛行に適した場所を探しています。情報をお持ちの方は、JHF事務局にご連絡ください。
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